笑点メンバー生活保護受給者とはなのか?

ネット上で、笑点メンバーについて調べてみました!

そうすると、一際目立っていたキーワードがありました。

 

それは、生活保護というキーワードです!

 

笑点メンバーが、生活保護?

と、いう風に思われた方も・・・

いらっしゃったのでは無いか?!

と、思われます。

 

私自身も、【生活保護】というキーワードを見た瞬間・・・

えっ?!どういう事?

と、思いました。

 


出典:https://matome.naver.jp/odai/2143185935045964201

 

では、今回・・・

笑点メンバーが生活保護とは、どういう事なのか?

また、その生活保護を受けているメンバー

すなわち生活保護受給者とは?

 

一体、誰で?どのような人物なのか?

 

それらの点について、触れていきます。

 

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笑点メンバーで生活保護受給者とは、一体、誰なのか?

おそらく、もう・・・

ご存じである方も、いるかと思われますが、

その方は、4代目桂文字助という落語家であると云われています!

 


出典:http://www.radiodays.jp/item/show/300745

 

ここまで、笑点メンバーと言っていましたが、正確には・・・

元笑点メンバーと言った方が正しいですね。

 

4代目桂文字助と笑点のつながりとは?

今を遡ること、51年前・・・

すなわち、1966年の5月頃より、

笑点の初代座布団運びとして、1967年の1月まで

務めていました。

 

ちなみに、当時の笑点の初代司会者を務めていたのは?

今は亡き、7代目立川談志師匠でした!

 

 

では、話は戻り・・・

4代目桂文字助が、生活保護受給者になっていたというよりも、

 

ネット上などでは、4代目桂文字助って誰なの?

または、どうして生活受給者なんかになったの?

など、いろいろ物議をかもし出されていたと思われます。

 

では、後半・・・

4代目桂文字助が、なぜ?

生活保護受給者にまで、成り下がったのだろうか?!

その点について、触れていきます。

 

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4代目桂文字助が、生活保護受給者になってしまった経緯とは?

4代目桂文字助とは?

落語家で、その異名には・・・

 

立川流きっての武闘派

 

相撲噺のスペシャリスト

 

という異名が、あります!

そう評されていました。

 

笑点の初代座布団運びを卒業してから落語家への道を

着々と邁進していきました。

 

1964年4月、6代目三升家小勝に入門し、三升家勝松を名乗ります。

 

1968年に、落語家の二つ目に昇進しました。

 

1971年、師匠の小勝の死去により、立川談志門下に移ります。

そして、立川談平と名乗ります。

 

1980年9月には、真打に昇進し、4代目桂文字助を襲名しました。

 

しかし、2015年に立川流を脱退しました。

 

ここまでの経緯を見ると、何の変哲も無いように思えますが・・・

その間に、さまざまな苦悩もあったようなのです。

 

笑点メンバーをクビとなり、その悔しさから・・・

毎晩、酒を飲むようになり、そのツケが、

800万円という借金をかかえる羽目になりました。

 

それが祟って、奥さんと子供は家を出てしまったのです。

つまり、活躍していた頃には妻子がいたのです!

 

お酒の量は、ますますエスカレートし、

師匠である立川談志にまで、手を出してしまい、

仕事が激減してしまったそうです。

 

そして、この事が原因で・・・

立川流内では、孤立していったそうです。

 

そして、ついに・・・

2013年頃から、生活保護を受けているんだそうです。

その証拠と云えるのが・・・

こちらになります!

 


出典:http://fukusuke.xyz/katuramojisuke-seiho/

 

しかし、先ごろ・・・

2017年09月22日に爆報THEフライデーに、

4代目桂文字助が出演しました。

 

そこでは、先輩の毒蝮三太夫さんから・・・

笑点の座布団運びをクビにした、本当に理由が、

明かされたのです。

 

それが・・・

当時、初代司会者の談志師匠は・・・

座布団運びに、留めておくにはもったいない!

という想いと、噺家として精進して欲しい!

という願いがあった事が判明したのです。

 

これを機に、4代目桂文字助は・・・

71歳で、落語家へ再出発を遂げました。

 

総括(まとめ)

いろいろ破天荒な部分もあった噺家さんだと思いました。

笑点の座布団運びを、文字助さんが・・・

 

なぜ、クビにしたのか?

という事を、当時・・・

 

談志師匠に問い詰める行動に出ていたら、

ひょっとしたら、文字助さんの人生も・・・

違ったかたちになっていたかも知れませんね。

 

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